坪井 仁志 1954年・昭和29年9月16日三重県桑名市生 益世小学校、明正中学校から鈴鹿高校へ 日本デザイナー学院名古屋校卒業 現在「日本デザイナー芸術学院」 名古屋・東京に勤務し1985年(昭和60年)に 大阪の桜プリントへ 1989年(平成元年)株式会社ダズへ転職 第二制作部長として努める 1992年(平成4年)独立し現在に至る 奥さんの敏子とは東京の同じ会社で知り合い 1985年に結婚、奥さんは長崎市の出身です
桑名市の「その手はくわなのホームページ」 http://www.city.kuwana.mie.jp/
長崎市の「WELCOME NAGASAKI CITY」 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp
日本デザイナー芸術学院 http://www.ndg-nagoya.ac.jp/
父は腕の良いペンキ職人で、大阪府南河内郡太子町の叡福寺・聖徳太子御廟の修復、成田山の鐘楼修復等の寺社文化財の塗りを手がけた、何年かして次の修復時にはその棟に「伊勢の国塗士・坪井楽生」の名が見つかる事でしょう。石川県の小松飛行場の建設にも参加し、私も3〜4才でしたがついていきました。 空は真っ青で真っ白い雲が流れていました、ブルドーザーが走り、赤い大きな夕日が沈み、夜空には満天の星が今も記憶に残っています。 (小松飛行場を作るので、ブルドーザーにはすべて 「KOMATU」の名が入っているのだと教えてくれましたが……?)
そんな職人の家庭で育った私は、とうてい会社員を努めるのは至難の業、向こう気だけが強く、短気で頑固な性格が災いして現在のような生活を送り、嫁さんには苦労をかけております。しかし、こんな私を育ててくれた名古屋の(株)東陽さん、大阪の(株)ダズの櫻井社長には感謝感謝です、学校の先生をはじめ先輩や同僚、友人、得意先の皆様にも数え切れない多くを教えて頂きました。 この場を借りて心から御礼申し上げます。
2008